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続・報道の行方

ホリエモン報道、大分落ち着いてはきたけど、まだまだあることないこと…

TVとか大きい新聞では、起きたことを大々的に報道。
スポーツ新聞や低俗なゴシップ誌ではここぞとばかりに下の話に飛びつく。
報道は大衆の鏡だというが、こんなものを求めているのが私たち日本人だ。

今回結構これら一連の報道に対してわりかし、若い人間たちには「どうかと思う。」だとか「結構好き」だとか言った意見も多い。第一”風評の流布”だなんて何とでも出来るような話だと思うけど。

正直僕自信もことの善悪に関してはもはや何もいえる領域ではない。
彼のように常識とか慣習とかうをウチやぶりながらのし上がる姿勢には共感するが、その行く末が金儲けだというところはおもしろいともおもえない。だから闇雲に「今回の事件はおかしい」と言うつもりはない。

ただ、これだけ僕らの手元に来ない報道ってどうなんだろうか。
正直な話、我々のような貧乏な若者にはこれら一連の事件に関して全く持ってピンと来ないのではないだろうか。ただ、「なんか悪いことしたんだな」といった空気しかない
最近NEWSに流れる情報はほとんど無意味であると感じる。

誰かが誰かを殺した事件。どこかのATMが盗まれた事件。
実際に私たちはどうすればいい?
それを思い、気をつければいいのか?どうやって?
悲しい思いをすればいいのか。そうして社会背景を憂えばいいのか。

しかし、物事は一面性だけでは起きないし、被害者・加害者、双方に理由があるのである。
世の中は正義のヒーローが悪の帝國を倒してめでたしめでたしでは終わらないのだ。

そんななかで一方的に事件を騒ぎ立て悪い事は悪いと決め付け、されにはくだらないゴシップまでのせる今日の報道。完全にワイドショーの延長線だ。

そのことに普段は気がつきにくいが、今回の事件では私たちの側(=報道をみて喜ぶ方)にあまりにも実感のない事件だったんだろう。多くの人が、出る杭を支持しているのが事実だ。
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by U-the-zannen | 2006-02-19 00:35

寒いのに熱い。熱いのに寒い。

この時間です。
はい、オリンピックです。

まぁそんなに熱くはなんないんですけどね。むしろダラダラとみてしまう。何せCMになって、どこ回してもやってるからな~

つーか、結構解説とかの方が熱くなってるよね。うっとおしい。あと修造もうっとおしい。
やつはスポーツ大会となるとでてくるからな…

優れたスポーツ選手ってクールな人が多いじゃん。ヒデとかイチローとか。もうリップサービスとかいらないくらいに技術があるからな~

修造の場合、熱い・一生懸命などを売りにしないと食って行けないんだろうな。あそこまで一生懸命だともはや誰も真似できないだろうし。修造の存在価値=熱さ=芸能界での存在価値って感じ。必死になっちゃう。

まあそれよりも必死なのは今井メロのラップだよね。
最強に笑える。今年一番笑った。
http://image.blog.livedoor.jp/vitaminw/imgs/d/9/d90389f4.mpg?blog_id=401645
http://image.blog.livedoor.jp/vitaminw/imgs/7/7/7714ee74.mpg?blog_id=401645

今井メロ作詞によるテーマソング「夢」

1,2,3,4 ガンガン ズンズン グイグイ 上昇
5,6,7,8 毎回 ビッグ キック Check yeah
夢に描いたショータイム デカイ理想は夢じゃない
スタート前の深呼吸 パイプショーでmaking making dream
跳ね上がれ舞い上がれ 魔法のジュータン ボードに変えて
フロント・バックとかっ飛ばす インディ・メソッド・720°
戦場・炎上・技・特上 燃えた瞳が物語る
強い味方がmellowな売り 夢に向かってフルパワー
あの頃夢見描いた世界は 今この手の中に
夢・感動・ファンタジー My dreamトリノオリンピック

なんだかな~
すっげー寒いよね。冬なのに。内容熱いのに。
こいつの兄貴もサムい。
失敗してんのにその場に寝転んでバタバタしてダダをこねる始末。
なんかもうね、文化祭とか修学旅行とか体育祭のときのヤンキーの如く、調子にのってふざけまくる姿は他の非ヤンキー性と(=スポーツに対してそこまで熱くない視聴者』を一気に引かせる。
まぁ親が悪いな。変な名前つけて、小さいころからスポーツだけしかやらせなくて、そのうえ離婚しちゃうんだから。そら空気読めなくなるわな~そのうちクラブでSEXしだすぞ。
そういえばラップもそーゆー歌に見えてきちゃうね、ガンガン ズンズン グイグイ 上昇だって。あ、俺だけか?いーや、俺だけじゃないはず。

あ、修造の熱さもこれと一緒だ。どっちも周囲の空気をよまないあつかましさなのかな。一流のスポーツ選手になるには他人の空気なんか読んじゃダメだってこったなぁ
でもあーはなりたくない。
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by U-the-zannen | 2006-02-13 03:02

解放2

やっぱりどうしてもビールがうまい。
どんなに太ろうとも、どんなに失敗を繰り返そうとも、これだけはやめられんなぁ
金曜の夜には特に取り憑かれたかのようにBEERがうまいものである。

昨晩だって、ご多聞にもれずに2本ほどを頂き物のすじこで引っ掛けた。
たまらんねぇ

給料日後は、誰かその日の気分で声をかけてうまいもん…モツ鍋・焼肉・さしみ・沖縄料理を食べながら、日々のよしなしごと・近況を報告しあいながら飲む。

疲れて帰ってきた日は、鳥肉とニラともやしとを適当にごま油と塩・コショウと酒でジャーっと」いためて、借りてきたDVDを見ながら、それらをわしっわしっと食らいつつ、口の脇から流れ落ちるほどグビグビグビッと煽る。

有給をとり、昼真っから公園とか街とかそこいらで歩きながら飲む缶ビール味は、一層開放的で、やたらとあまくて、「あ~もう~どーでもいいな~このままどっかにいきて~な~」とビルの狭間から見えるやたら青い空を見上げる。

beerは、僕を社会性というお決まりの仮面から剥ぎ取る鍵になってるみたいだ。

人はたくさんの仮面を持っている。
そもそもパーソンの語源のラテン語:ペルソナには仮面という意味を持つ。
たしかに僕らは場面・舞台・状況に合わせて使い分けていると思うし。

よく馬鹿そうにしてる元気なやつがぽろっと漏らす「あたし/おれってよく”悩み事なさあそうだよね~”って言われるけど悩み事くらいあるっつーの」って話は、もう聞き飽きるくらい聞いた。そーゆーこといいそうなやつも見分けられるようになったし、そーゆーやつに限って俺にぽろっと仮面をはいでくれる。気を許せそうなのか、見下してんのかしらないけど。

言うほうものやつは論外だ。そーゆーやつに限って「そんなつもりじゃ…」てきなことゆーんだろーなー。人は何で傷つくかわからないし、いつもは大丈夫なこともそのときに限ってだめだったりするから「そんなつもりじゃない」は通用しない。
どーしたって人は傷つくんだから、自分は自分らしく嘘のないように振舞ってればいいんだろうけど難しいよね、自分らしくあること。

友人に見せる顔、親に見せる顔、会社での顔、サークルでの顔、こっちのグループで見せる顔、自分ひとりの顔、顔、顔…
それらの全てが自分自身であり自分が責任を持つべき個性であり、人格なんだ。

だから、人は解放を望むだろう。たくさんのペルソナからの解放。
解放の鍵は人それぞれだろうけど、金曜の夜のBEERがやたらうまいのには、そこにわけがあると思う。
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by U-the-zannen | 2006-02-04 14:52

解放

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ちょっと前になるけど、千葉は佐倉にある川村記念美術館でドイツの画家、ゲルハルト・リヒターの展覧会を見てきた。

実は、これ、なぁんの下知識もなかったんだけど、ハニカムってサイトでHF(藤原ヒロシ)が「良かった」っていってたつーミーハー心だけで見たかったところもあった。ま、実際、絵を見るのは好きだしね。ドイツイヤーだしね。

絵を見ることの感動…とゆーかまぁ芸術全般がひょっとしたらそうなのかもしれないんだけど、特に絵はなんか、こう、漠然と「すごいね~」って単純な感動が多い気がする。
もちろん下知識があって「この絵は、こうこうこーゆう意味があって作者がどーのーこーのの時にウガチャカあってできた作品なんですぅ」ってことが分かっていてもそれはそれで面白いと思うけど実際そーゆー分析自体も「どうなの・本当なの?」ってとこもあると思うんですよね。
うんちく云々よりも今・そこで・自分自身が感じてるしびれそうなくらいの「すごい」って感覚が自分の感覚を支配してしまっているというか。

話しがそれるかもしれないんだけど、中学の時にすごく仲良くしてもらった美術の先生がいて、いろんな話をしてくれたんだけどすごく印象に残っているのが
「壁一面に真っ白な絵が置いてあって、何にも書いてないんだよ。で、足元の説明に『何にも書いてなくて驚いたでしょ?それがあなたの心を振るわせた、感動させるということです。』って書いてあるんだよ~」みたいなことを言っていた。
アタイはそれに感動しましたよ、いまだに覚えてるんだから間違いない。

b0043849_242631.jpgんでリヒター展に話は戻るわけなのだが、その前にこの絵を見てください。
やっぱさ、これもなんだろ?ってかんじじゃないですか?色使いとか結構キレイだし、もうむちゃくちゃ書いたって感じだけどこれのでっかいのが壁に飾られてるとさすがに「すごいな~」ってかんじでした。
もう、ただすごい。
ただ、自分的にはなにわけの分からない、輪郭の整わないものは気持ちが悪いから必死で意味を追いかけるんですよ。やれ、これは何を隠喩してるだとかあれこれをあらわしてるとか。
でも今回ばっかりは下知識が乏しかったのが逆に効をそうしたのかもーほんとうにまったく意味がわからないんですよ。これがなんなのかがね。

「あー俺って日常的にすごく意味ってものに縛られてんだな~。意味の無いものなんかない。意味のわかんないもんはあってはならない日常に生きていて、意味を生み出さないものには価値を感じない、がために自分が「すごい」と感じたものに必死で意味を与えようとしているんだ。自分の「すごい」が無意味なものにならぬように。」って思った。

僕らのまわりには言葉があふれていてそれは時に暴力的で、時に感情的だ
だけど、それら無数の記号が本当に正しいのか。例えば、元来なんだかわからないもやもやした、つかみどころの無い「すごい」と言う言葉。それも日とそれぞれの「すごい」があると思う。
また、それ以上にある絵を見てどのように感じるかも人それぞれ、その時々で違うだろう。
美しい、汚い、感情的だ、情緒的だ、清い、なめらか、やわらか、やさしい、荒々しい、おだやかだ、激しい…たくさんの記号を当てはめてみても果たしてそれをそうと決め付けていいのか。

どれもその絵をみた瞬間の湧き上がるなにかは保ち続けられない。だからせめてその時の感動を忘れぬように言葉と言う記号に押し込めてとっておこうとするんだと思う。
そしていつしかそういう記号を背負いすぎて記号にがんじがらめになってゆく。

だから芸術に触れるということはそうゆう意味とか記号とかの記憶から一瞬の開放を得ることなんだと思う。そして人にわずかの時間でも開放を与えられることがすばらしいものなんだ
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by U-the-zannen | 2006-02-02 02:57

信近エリのアルバムを借りる。
b0043849_1334914.jpg
大沢伸一a.k.aモンド・グロッソが前面プロデュースは伊達じゃなく、ひとつひとつの楽曲が四打ちの中毒性とサンプリングの魔力をふんだんに使い、結構引き込まれる作品だった。
特に大沢はメロディ・ラインもキレイだから聞いてて嫌になる曲はないだろう。

信近エリ自信も新人ながらなかなか透き通った声でよかったと思う。
昔の安室が今の歌を歌ってるみたいな感じを想像してもらえればいい感じかも。
だからもうちょっと声に味が出てこないとダメになってしまうんじゃないかな?
安室も最近だいぶ声がつぶれてきて良くなってきたと思う。

でもね、とかく最近、売り出し中のシンガーにいい声の歌手が少ない気がする。
絢香とか加藤ミリヤとか平原綾香とか…歌うまいんだけど印象に残らない。
それは声の高い・低いに関わらずなのは言わずもがななんだけど、聞きやすくて頭にちょっとの間は残るんだけどしみこんでいかないっつーか味が薄いんだよね

これって白人ラップがロック好きな人にも受け入れられてるのと似てる。
特に日本人ってHIOHOPを差別しがちだけどこれってほとんど潜在的な白人崇拝だと思う。

黒人の声はねっとりとしていてなれないと聞きづらいかもしれないけれど慣れてくると本当に味わい深いし、パンチが効いてて逆にこの状態になってくると白人の甲高くて透き通る声は、つんつんして聞きづらくなることも多い。
よっぽど訓練された歌手とか声をつぶしてる者じゃないともうね、聞けないんですよ。
だから「透き通るようなVOICE」とか「何オクターブの声」とかあんまり興味がでなくなってくるんだよね。

声に味があるシンガーは生き残るし、ファンも一過性ではなくて長いこと付き合っていけるのは多分リスナーの耳が肥えて行くにつれて味のあるものを求めるんじゃないかって思う。
だからつんつんするような声ばっか聞いてるような人はいつまでたっても耳の肥えない、学習能力のない人だとすら言えるかもしれない。
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by U-the-zannen | 2006-02-02 02:16



ポイズン過ぎるこんな世の中をただ反抗的精神のみで斬る、平成の切り裂きジャックの独り言
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