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ボーリングが大嫌いな理由と高度経済成長

せっかくこういう場があるので声を大にして発表させていただきたいことがある。
それは僕はボーリングが大嫌いだということだ。
みんな結構好きですよね。旅行とかの帰りに行ったりするし。
パッカーン、嫌だってのに。

先日、なぜ、こうも協調性のある僕が、こうまでして、かたくなにボーリングだけは受け入れないのか(またはうけいれられないのか)を考察する機会に恵まれたゆえここに記す次第である。

さて、なぜこんなにもボーリングにのみ嫌悪感を示すのだろうか。
いや、果たしてボーリングのみなのだろうか。
僕は、このことにひとつの勘違いをしていたと思う。
それは、「僕は、そんなに運動神経がいいほうでなく、さらに幼いころからボーリングをしてきたわけでもない。だからどうしてもうまくできず、これからもきっと下手だから嫌なんだろう」という苦手意識から嫌いであるのだと思っていた。
もちろんこういうところに起因する嫌さもある。しかし、近年、なんとな~く嫌でありながらも付き合いでのボーリングを重ねることによって多少なりとも技術が向上し、成長のいろが見え始めてきた。
すこしは活躍することもある。
だが!
依然として、いやなおのことボーリングがつまらなく感じるのである。
すこしは人並みになってきたのにも関わらず、一向にその喜びを見出せない事は、かえって大いなる失望を与えるものである。
今度のことでものすごい失望を感じ、愛想が尽きてしまったのであったのだが、それではなぜ、こうまでボーリングが嫌いなのであろうか。

ひとつにはボーリングがとても間抜けなスポーツであるということだ。
まず投球のフォームからして間抜けである。
なんだかボールを持ち、タッタと小走りに走りこみ、長崎の平和の象みたいなかっこうで投球&キメ!って感じのあの一連の動作奥ゆかしいまでに間抜けである。
トラボルタもビックリするくらいのサタデーナイトフィーバーっぷりなのである。
そしてボールの行く末を一同で見つめ、また投球者はその行く末を見つめている後ろ姿を見つめられる、これがまた間抜けである。

例えばボーリングはとてもポピュラーなゲームであるが、これと似たスポーツにカーリングというのがあるけれど、あれはポピュラーでないだけにその間抜けさが際立つだろう。
なんか投げたあとは投げっぱなし!でその行く末を見つめ、それでもピンが沢山倒れればまだ、「ヨッシャー!!」とか「サッー!!」などとバカみたいな雄叫びをあげて、ガッツポーズをとり観客席へようようと戻りハイタッチのひとつなどでもすればよいのだが、これがガーターだったり、2,3ピンしか倒れなかったりするとまた間抜けな仕打ちがまっているのである。
心ある観客・観衆はそれでも「あぁ」とか「ドンマイ!」などと励ましの声をさりげなく間抜けに掛け合ったりするのだが、中にはさっきまで散々後姿を見つめていたにも関わらず、その投球が失敗に陥ると投球者が振り返ったときに目が合わないようにスコア表を見るふりをしたり、横で流れている音楽のビデオを見るフリをしたり、はたまた横の友人とさもさっきまで話してましたかのごとくおしゃべりを始めるあたりなどがそこはかとなーく間抜けなのである。
また観客もとても間抜けである。
ボーリングはひとつのレーンを何人かで使用するゲームなので自分が投げない特は、ボーっと見ているだけなのである。こらがまたなんとも間抜けである。
ただすわって見ているだけで何時間も過ごす、こんなに無駄なことがるだろうか。そして別に他人がいかほどピンを倒そうが別にどーでもいいのだけどなんとナなく「おっいい感じ!」などと調子を合わせる姿も悲しい日本人を物語っていると思う。
様はチームスポーツでもないのに皆でなんだか強調しなくてはならないといった変な空気が流れれているのである。
 
もうひとつ理由がある。

それはボーリングがゲームであり、下手するとギャンブルごとのような過程よりも結果主義というかただ単純に点数を重ねていくだけの競技である、ということにある。

僕はギャンブルが嫌いなのだけれど、それは例えばスロットとかパチンコって要するにレバーをひねってうまく点数を重ねられるかという単純作業であり、ただ何も考えなくてもコトは過ぎていき、時間はたっていくのである。
これが非常に無駄である。
勝てばお金は入ってくる。しかし、働かずして得たお金にいかほどの価値があろうか。
「いや、金は金だ。」
という意見もあると思うが、そんなさもしい意見は当然僕の志向の範疇ではないので却下させていただく。
「いや、最近のスロットは色々会って考えることもあるし、技術も必要なのだよ。」
という意見もあると思うが、そのような見せ掛け上の詭弁も受け付けない。
その技術はその機械だけのものであり、ようは、機械側から与えられたルールの上の客をエキサイトさせ、また、いかにも意味のある行為であるといった錯覚に陥らせるための技術であるように見えるからである。

これらのギャンブがつまらないことであるのだけれど、それはまだお金を稼げるから許せる。しかもそれらはギャンブルというレッテルを貼られ、時にはさげすみにあい、時にはすっからかんになるというリスクをしょっているからである。
許せないのはボーリングは内容の上ではこれらのギャンブルごとと変わらないにも関わらずなんだか健康的な国民皆兵のスポーツであるかのように扱われていることである。
ボーリングできなきゃ非国民みたいな。
とにかく、ボーリングとは単純に点数だけを取っていればいい結果至上主義のスポーツなのである。
こんなものを僕が好きであるはずがないのである。

思えば両親が幼いころに一度足りとて僕をボーリングに連れて行かなかったのは、もともと彼らがこのような結果至上主義的な考えと正反対にあるからだろう。
もちろん結果も大事だろうけど僕はなんどとなく「がんばったんだからどんな結果でもいいじゃないか」といったことを言われてきたと思われる。(だからこんなに資本主義のルールに反した人間に育ってしまったのだけど…)

そういえばサッカーやバスケットも大好きだけど正直な話をすれば勝てなくたって全然かまわない。その過程がたのしけりゃOKなのである。
だから、勝てなくて悔しがるのはいいが、他人にむかって下手だとか面白い姿を笑ったりする姿はなんとも嫌な気持ちになり、なんともやりきれないような形になるのである。
(それもこれも僕が部活になじまなかったことと関係があるだろう。だって小学校のころは下手でもなんでもじゃれあってれば楽しかったじゃん!)

そういえば第一次ボーリングブームと高度経済成長の時期って確か同時期(1960~1970年代)だったと思うけどそれって非常に面白くはないだろうか
当時の結果至上主義的な「とにかく、もう、なんでもいいから数字を出せ!」という国民的な背景とボーリングが織り成す、単純な数取りゲームがマッチしていたんじゃないかって思う。

いまでこそそういった考え方って少ないけど僕がボーリングすきだったらもっとまじめに就活してメーカーとか一般企業を目指していたに違いない。
ボーリングとは部活同様、国民をただ単純な労働の末に数字だけを生産させるようなマシーンにおとしめるためのシステムなのである。

というわけでぼかぁ飲みながらわいわいしてるのが一番好きなのです。
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by U-the-zannen | 2005-04-27 17:15

休息

僕は口うるさい人間だし、何かと噛み付くやつだけど、いつもほえてばかりいるわけではない。
時には疲れそんな自分を癒したい。
そんな時は、大体歩くことにしている。
川の流れや木々の萌える匂いを背景にもくもくと歩くのは凄く体や脳みそがリフレッシュされる。
まぁだれだって散歩はすきだよね。
で、この間先輩の舞台があって深川に行ってきた。
東京ではちょっと思いついたら、こういう歴史的旧跡にすっと出れるのがいい。

この日は生憎雨であったが、お芝居が始まる前にすこし、散歩する時間があったので、一人ぷらぷらしてみた。

深川には大江戸線でいき、清澄白河という駅で降りる。

江戸深川資料館へと向かう道はケヤキ並木が続いている。名物の深川飯をだす店が沢山軒を連ねている。
雨は相変わらずしとしとと降り注いでいるが、新緑のケヤキ並木と妙に合っていて、初夏の匂いがした。

途中、松平定信公の霊廟に立ち寄る。
そういえば、白河といえば寛政の改革を起こした松平定信の出身藩。ま、その白河は確か白河関のある、福島のほうだったと思うけど。

屋敷があったとかの関係で白河の名がついたのだろうか。
由来は良くわからない。

寛政の改革は、田沼時代の汚職にまみれた政治から脱しきった非常にきつい政策で色々思想を統制したり模したので結果的に民衆が「田沼時代の汚れた水のほうが、白河の澄み切った水よりもすみやすい」みたいな反発があって結構すぐダメになったってきがした。
うろ覚えだけど。
今となっては墓があるだけだ。

結局民衆なんてそんなもんだな。
などと結局ぶつくさ言いながら合唱。
といったところで時間が来てしまったが、他にも下町の風情を残した場所が沢山あるみたい。

だいぶ温かくなってきたのでゆっくり下町探訪でもしてみたいもんだ。
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by U-the-zannen | 2005-04-22 17:19

ナショナルトレジャーをみて考えた日韓・日中問題

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ナショナルトレジャーを見てきた。久しぶりに映画館で映画を見た。

ニコラス刑事は意外と好きなのでちゃんと変換したいと思う。ニコラスケイジ。
物語自体は、なかなか届くようで届かない、追いつかれそうで追いつかない、手に入れられそうで手に入らないといった感じでスリリングに展開していく。
ずっと手に汗を握りつつ、飲んでた飲み物をゴクゴクゴクゴクものすごい勢いで飲み干していって気がついたら2時間弱が終わってしまうといった感じ。
終始はらはらどきどきするが微妙に織り成されるギャグやヒロインのダイアン・クルーガーのかわいさがホッと一息与えてくれる。(ちなみにこの女優は「トロイ」の王女役でも出てきていた、一押し女優せあります!)
要は現代版インディージョーンズって感じ。
このあたりが好きな人は是非どうぞ。

ところで、次々に現れる謎が、なんかアメリカ建国に関わる場所であったり人物であるのでアメリカの適しに詳しいとさらに楽しめるでしょう。
僕たちがなんたら~ベンヤミンって言われてもイマイチピンと来ないし、フリーメイソンでもさっぱりわかんない。
「セブン」とかもそうだったけど、あれって何が7なのかってキリスト教における罪が7個あってそれをセブンっていうそうな…あっちの人はセブンって聞いただけでわかったりするんだって。

んで劇中に気になるセリフがあったんだけど「大いなる力を持つものは正義を正す必要がある」みたいなことが暗号の中に隠れていた。
これはアメリカ人の根本的な精神のひとつであるらしく彼らの中には「フロンティアスピリット」と「カウボーイスピリット」が根付いているのだって。

だから悪の枢軸だ~ベトナム戦争だ、湾岸戦争だっていちいち首突っ込んで戦争しようとしても結局、国民も認めちゃってる部分もあるみたい。

そんな彼らの文化を理解することによってより、映画がわかってくるという事は面白くて、映画を見ることによってその基ある文化やお国柄みたいなものを知ることができるのである。

私たちの日本はどうだろうか。
最近特に中国と韓国で反日感情が高まりを見せている。

僕たちは韓流ブームなどとあからさまに騒ぎ立てているけれど、彼らの文化などを知ろうとしているか。彼らがどういった歴史観をもち、どういった教育を受けてどのような文化の中で育っているかを理解しているか。彼らがなんであんなに暴徒化し、ことあるごとに日本は嫌い、日本人は嫌いなどと騒ぎ立てているかわかっているか?
逆もまた然りである。
彼らは自分たちが受けている教育が日本のそれと違うということを理解しているだろうか。
彼らの教育や歴史では、どうやら道徳の教科書にわたるまで日本軍の大罪が描かれているらしい。

じゃあ中国は、チベットをどうした?
日本だって、理想論の段階では侵略をしようとしたわけではない。
大東亜共栄圏だって、入ってみれば帝国主義的な。一国主導型のEUみたいなものだったと思う。
まぁそれが、理想家の手から離れて、底辺で悪事がおき、上層部で隠蔽や非道なことが黙認されたり、はたまた指令されていた事は揺るぎの無い事実であろうと思う。

しかし、正直に申し上げれば、いつまでもそんなこと言われ続けてももうどうしようもない。
僕たちは過去にそういった事実があったことは知っているけれど、もはや関係ないことといってしまう事だってできる。もちろん過去にそういった過ちがあって二度と起こしてはならないという教訓として、抱えていく事は大事なことだ。戦争は二度としてはいけないことだと強く訴えられることもできる。
あっちの側の人たちは、いつまでも過去のことを責め続ける。未来に向かう視野はないのか。
国の統制もあるのだろうけど他国のことも知ろうともしないでただただ過去にあったことだけを責め、あろうことか、大使館などに笑いながら石やものや卵をぶつける始末。
日本の国旗を燃やしたり、日本料理店をぶっ壊したり、車を蹴飛ばしたり…君たちがしている事はなぜ許されるのか!考えてみなさい。
結局暴力行為でうさをはらしているだけではないか!
そんなことで平和などこようものか!

一連のニュースを見るとただただ悲しくなる。

あのようなことをされて「じゃあ仕返しに中国大使館をぶっ壊しに行こう!」ってやつがいるか?(一部報道によると大使館にかみそりの刃が送られてきたらしいが…ほんとうにバカだな。)
私たちの周りにいる、中国からの留学生がそんないやな人がいるだろうか。向こうの人だって自分たちの周りに入る日本人がそんなにいやなやつがいるだろうか。
実際に触れてみれば私たちは、同じ人間であり、世界の中のアジアの人間である。
世界の人は、もっとお互いにお互いの文化を知り、交流をはかり、時に議論をしていかなければならないと深く感じるのであった。

そんな中でカルチャーというものがどのような役割を担っているのか。
政治レベルではどこもまだいがみ合っているようなこともまずは、文化的な側面からお互いに取り入れあうということができると思う。(そのような状況の中でアニメ映画「ほたるの墓」が韓国で無期限の公開延期になった事実は、やはりとても悲しいことですね。)
そしてお互いの文化を知ることによって、隣国の政治観や文化観を知り、私たちとの認識の相違を知り、その中であっていければより平和に近づくのだと思う。

話がだいぶそれたが、ナショナルトレジャーはそんなことを考えている暇もないくらいのめりこませられる映画でした。
これから、面白そうな映画が沢山リリースされるので楽しみになってきた次第であります。
ナショナルトレジャー公式サイト
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by U-the-zannen | 2005-04-18 19:15

GO WAY!

先日まで以前働くことが決まっていた会社でアルバイトとしてお手伝いをしてきた。

出版業界。僕は以前からエディターというものになりたいと考え志してきた。

それは、「どうせ働くなら一生好きなことだけを考えていたい!」という非常に安易な発想から生まれたものである。
すこしだけ業界を知り、働き、また社会人というものをかじりそれがとても厳しいものであるということを感じた。

逆に働いてみて楽しいって感じることもできた。
「ベネトン」という会社が「サークルKサンクス」とライセンス契約を結んで商品開発をすることをいち早く知れたり、先日は企業の決算報告の記者会見というものに行かせてもらった。
小さな記事を書かせてもらったりもした。
それこそが僕が求めていた仕事である

やめたいといったときに先輩にのみに連れて行ってもらって「仕事てのはやりたいこととやりたくないことのバランスだから。ちょっとだけでもやりたいことが勝ってないならやめたほうがいい」って言われて深くこころに残った。

僕がやりたいのは編集かそれともカルチャーに携わった職業か…
答えは決まっていた。

だから僕は進みだす。自分のやりたいことのために。
それができたら本当にもう明日がどうなってもいいってくらいに働けるのかな。
まだまだ見ないこの先に何があるか、とにかく進むしかないのだ。

*新しくリンクに足した「男のインテリア雑誌編集日報」はそんな業界で奮闘する方の日記ですから大変面白いので是非!
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僕は虎です。@山月記
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by U-the-zannen | 2005-04-15 14:17

がんばれの美学

なんか先日テレビをみていたら引きこもりだかなんだかの人の社会復帰に向けたドキュメントらしきやつをやっていた。
それは、「引きこもって社会に出れない子がネットからちょっとした学校に通い、やがては心配ながらも働き始める。」といった裏サクセスストーリーだった。

その中で彼は「がんばれって言われるのが一番いやだ。なんにもわかってないのにそんな事いわれたって。僕だって言われなくてもがんばってるのにこれ以上何をがんばれって言うの?」といっていた。ばーか 

この言葉、誰が言い始めたかしんないが最近良く聞く言葉だと思う。
「綿谷りさ」とかを好んでいるやつが好きそうな言葉って感じ
陳腐なフレーズだな。
そんなこと言っているから引きこもるのだ。

その人がどんな気持ちで「がんばれ」って言ったかしれないけど「がんばれ」はそれ以上に肯定の意味合いが含まれていると思う。
「ワタシは、あなたがしている事はあなた自身のことだから何もできないけれど応援しているよ」
そういった意味があるんじゃないだろうか。

それを額面どおりに受け取ってるからさもしたり顔でどっかの誰かがいったようなフレーズがでてくるンじゃなかろか…

言霊という言葉もあるように言葉にはその意味以上に力を持っている。
それは比喩だったり、嫌味だったりすることもあるけれど私たちがが抱える沢山の思いをある記号に乗せて届けているだけに過ぎないのだ。
だから簡単に死ねなんていってはいけないし、誰かの悪口なんかも言ってはいけない。
自分では軽く言ったと思われる言葉も時にそれが刃となって突き刺さることも少なくないのだから。

私たちはどんなにがんばっても目に見えているものしか見る事はできないけれど、その向こう側にあるものを想像することができる。自分が誰かにのろいの言葉を吐いたらそれはその人を傷つけることになるんだという覚悟をもってするべきだ。

だから「がんばれ」って言われたら素直に喜ぶべきだ。
僕は生きているすべての人に言いたい。「がんばれ!」と。

ってまずは俺か!がんばろっ!
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by U-the-zannen | 2005-04-14 18:44

嗚呼!我が青春

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自分の中にはいつでも何かの曲が流れていると思う。

そしてそれが沢山リフレインされる曲こそが自分の中でのある一時代を築いているのである。

僕はいまだに結構なんでも聞くけど、一応メインではこれっていうジャンルがあって今はヒップホップなんかを良く聴いているのだけれど時代ごとに変わっていく感じ

まぁそうやって時代は移り変わっていくのだけどずっと聴き続けているものもある。
それがMr children
いまや知らない人はいないってくらいメジャーでギター&ボーカルの桜井和寿が率いる日本でもTOPのロックバンド
最近ではプロデューサーの小林武史とくんだ「BANKBAND]なんかで活動をしていてカップヌードルのCMで耳にすることができる
それがミスチル

たぶん中学校くらいに上がるちょっと間にクロスロードを知ってそれで諸劇を受けて以来ずっと聴いているし、何かやなことがあれば聴いているし、どっかに車で行くって時は絶対持ってくしもちろん曲が出れば絶対買う。ずうっと買っていてもうシングルがちっちゃい時から一枚一枚買い続けてて今でも買っている数少ないPOPバンド。
それがミスチル

ライブだって2回くらい入って高校のときはマリンスタジアムでやるっていうから外できいたりもしてビデオとか雑誌に出てたら買わないまでもチェックは入れてるし、昔勝った雑誌はたぶん今でもとっといてあるし。
それがミスチル

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ミスチルの活動は(メジャーデビュー以降)大きく分けて前期(初期)・中期・後期(現在)にわけられると思う。その前はしんないけど。
HIPHOP風にいうとオールドスクール・ミドルスクール・ニュースクールって感じ。
初期はデビューからアトミックハートまで。
中期はそこから沈黙があって深海をだしてだいたいディスカバリーとかベストアルバムが出たころまで。
でそこから今までが後期かな。

初期は凄くストレートで元気がでて愛を奏でてて喜びって感じの楽曲が中心。どっち買っていうと売れ線名感じでこのころの曲が好きな人は今のミスチルはなんかやだって感じだろう。

中期は「クロスロード」「イノセントワールド」「トゥモローネバーノーズ」あたりが売れて日本のPOPとしてんぽ頂点を見極め、それに挫折していやになっちゃったころ。

後期はそんなかで自分たちのPOPバンドとしての使命に気がついて都会や世の中を憂いながらも人々に喜びをもたらそうと動き始めた時期
という感じかな。
この関連で環境問題なんかに役立つようにと件のBANKNANDなんかをはじめたんだろうけど。
とはいえミスチルは以前からAAA(アクト・アゲインスト・エイズ)なんかでも出たりしていたからそれなりに使命感見たいのものをずっと抱えながらやってきた感じはする。
そんなミスチル。

桜井が書く詩が僕はいつも好きで、自分の状態ととてもリンクする。
誰かを好きになったときの感じもバンドの成長とともに変わっていく感じが本当に好きで初期のころは中学校・で中期が高校から大学の途中で今が後期って感じ。
詩の遍歴を考えていくと初期はストレートだけどどこか過去の桜井の恋愛に対して、誰かのために書いたものではなく「恋愛ってこういうものだ」って感じ
中期は不倫騒動~離婚問題のころでちょっとすさんでるのかな?なんかそんな感じ・
で後期は「君が好き」に見られるような「だれかのために・ただ一人のために」って感じでストレート且つ言葉遣いもストレートな感じ。
これが実に共鳴する。いい!実にいい。
他にも例えば「PADDLE」なんかの「もしかしたら明日も何もおこんないかも。でも!明日へとパドリング!」っていう感じとかがリアルに今の僕の心境だし
そこがミスチル

中学生のころは本当にミスチルばっか聞いてたな~やっぱりどっちかっていうとPOP~ロックらへんがメインでしたから。バンド組んでたし。ミスチルバンド。担当はベースだからミスチルで言うとナカケイ(中川けいすけ)だ~超微妙。

ビートルズかミスチル。それかオザケン。そんな感じ。

昔ミスチルベストを作ろうと思ってひとつのアルバムから3曲くらいずつ選んで、後これだけはって曲も混ぜてりすとつくったらとんでもない量になっちゃって180分のテープにしたんだけどそれでも入りきらなかった想い出がある。
本当に全部の曲、全部のアルバムが大好きでこの曲はそうでも…ってのは一個も無い。そんなバンドいる?いないっしょ!?夢のひとつには桜井と友達になって一緒にカラオケに言ってみたい!そしてどんな曲を歌うのか。ミスチルの曲を歌ってもらったり、アレンジしてやってもらったり、一緒に演奏してもらいたい!もう気持ち悪いくらいファンなのである。
そんなミスチルをこれからも聞き続けていきたい。いや行きたい。そして逝きたいのである。

そういえばこれからまたアルバムに向けて活動するみたい。
新曲がいろんなところで起用され始めている。

POPバンドといえど侮ってはいけない。
その筆頭がみすちるなのである。

オフィシャルサイト
ミスターチルドレンオフィシャルサイト
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by U-the-zannen | 2005-04-10 20:20

革新者

時代ってもんは常に日進月歩で変わっていくものであるのだけれど、それはまるで生物が成長していくように勝手にすくすく大きくなるのではない。

いつも私たちがそれを動かし積み重ね、時には対抗し破壊して新しい時代は出来上がっていくものなのです。

若者は新しいものを運んできて、老人は古いものを守る。
保守派は体制を守り、革新派が変革を起こす。

常にそこかしこでそうしたせめぎ合いは起こっているものなのだけれどみんな身近すぎてあんまり気がついてないんだろう。

ここ一連の「ライブドア対フジテレビ」関連の問題を見ていてそう感じた。

まずはじめに僕は堀江社長は結構好きだ。
以前の「対 楽天」のころからブログを覗いているのだけれどこれが割りとあっさりしていて面白い。時には難しい話も出てくるが基本は今日何を食べたかって話だし。
テレビとかでみるとなんか感じ悪そうだけど実際は絶対にもっと気さくで凄い人なんじゃないかな。
そんなスタンスから。

結構賛否両論だけど果たして彼のやっている事は間違っているのか。僕穂はそうは思わない。資本主義社会なんだし、お金でしかも法律違反もしないでしっかりやってるじゃない。どこが悪いの??なんであんなに攻められるの?

ただ、日本ってアメリカなんかと違ってなんでもなぁなぁで常に「人情」とかが公然と見え隠れするような気風があるから、あーゆーやり方したらそりゃやたらめったら批判されるのはわかりきったことだとおもう。

それを彼はしってかしらずか。
知ってたのならそんな慣習をも凌駕しようとしていてやぱっりすごいなって感じ。

結構テレビ業界ってそんなぬくぬくの中で保護されてきた業界みたいでみんな安定を求めてるから「平和を乱すやつは許さない!」的な感じがしていやな感じを受けているのだろうか。

どちらにしても時代を切り開く者って常識を打ち破ろうとするから嫌われるんだろうね、信長とかもそうだったし。

今後の展開が楽しみだけどどうにかがんばって欲しい。

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こんな写真載せてみました。顔は不細工。
ホリエもんブログ
livedoor社長日記
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by U-the-zannen | 2005-04-02 05:18



ポイズン過ぎるこんな世の中をただ反抗的精神のみで斬る、平成の切り裂きジャックの独り言
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